2017.6.16

スタンスミスを履いて【前編】#下北沢──作・筧昌也

 私はゴールを見たことがない──。

 それは人生における何かとかではなく、本当にゴールを見たことがない。比喩ではなく物理的に見たことがないのだ。厳密にいうと、サッカーのゴールシーンをリアルタイムで見たことが、一度もない。スポーツニュースやリプレイで見たことはあっても。

 私の名前は、今野敷子こんのしきこ、27歳。俗にいう“売れない女優”だ。舞台を中心に活動しているが、映画に強いのが謳い文句の小さな芸能事務所に所属している。あまりチャンスは巡ってこないけれども。

「あ〜、また見逃した!」

 去年の秋、元カレと同棲していた新百合ケ丘のマンションで私は叫んでいた。

「敷子ってさ、いつも見逃してるよね? Twitterなんか見てるからだよ〜、はは。フットボールはちゃんと見てないと。プロセスが大事なんだから」

illustrations: Masaya Kakehi

 あのスポーツのことを「サッカー」とは呼ばない「フットボールファン」の元カレは、駅前のアイリッシュパブで働いていた。まるでゴールキーパーのような胸板の厚い男子だった。その店で私は、数年前から常連となり、カレのことを好きになったのだった。

「よく考えると、私、サッカーのゴールを一度も見たことないんだよね」と私。

「え? 嘘でしょ」

 ギネスを飲みながら元カレはスルー気味に笑っていたが、コレ、実話。たしかに私はサッカーがたいして好きではなく、そもそもスポーツ全般に興味はないのだが、つきあいで生中継を見ることくらいはある。カレの休みと日本代表の試合日が重なると、自宅でよく一緒に観戦していた。しかし私が見るときに限って、ゴールシーンはなぜか見逃すのである。

 サッカーって点が入らないから好きじゃない。

 そういう人はいるけれど、私にいたっては得点シーンさえ見たことがないのだから、好きになれるわけがない。それはギネスをコンビニに買いに行くたった5分間だったり、トイレに立ったすぐあとだったり、友達のLINEに返信しているときだったり。

 とにかく、逃すの。

 以前、カレにくっついて一度スタジアムまで観に行ったことがあったが、そのときはオウンゴールで勝敗が決まった。あれはカウントしたくない。

作者

筧昌也 かけひまさや

1977年東京生まれ。日大芸術学部映画学科映像コース卒業。企業VPの制作会社に入社。アニメーションや CG制作をする。退社後、フリーのディレクターとして活動。2003年、映画『美女缶』ゆうばり映画祭グランプリなどを受賞し、04年に劇場公開される。05年には『世にも奇妙な物語 春の特別編』にて妻夫木聡を主演に迎えセルフリメイク。連続ドラマロス:タイム:ライフ』(08.2〜CX)では原案、チーフ監督、脚本を務める。同年春、初の長編映画『Sweet Rain 死神の精度』(主演:金城武)が劇場公開。その後、WOWOWドラマ『豆腐姉妹』(吉高由里子)、テレビ朝日『死神くん』(大野智)、フジテレビ『素敵な選TAXI』シリーズ(バカリズム脚本、竹野内豊主演)などの監督を歴任した。映像の他にイラスト、漫画(『パフューマン』第68回ちばてつや賞佳作受賞)も手がける。2017年7月6日(日本テレビ系 11:59~)からスタートする連続ドラマ『脳にスマホが埋められた!』でもチーフ監督を務める。

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