2017.6.20

スタンスミスを履いて【後編】#下北沢──作・筧昌也

──前編はこちら──

「じゃあ、明日。ちょっと早く来てもらうけど、撮影、お願いね」

 バイト帰り。シモキタを感じたい私は、あえて遠回りして家に帰ったりもしていた。

 本多劇場に併設されているヴィレヴァンを横目に劇•小劇場を抜けると、ライブハウスシェルターがある。ここは私の好きなアジカンも出ていた老舗のライブハウスだ。ライブ後のバンドマンとそのファンが作る若い喧騒を感じつつ茶沢通りに出る。スズナリ方面の賑やかさを確認しながら、松田優作も常連だったらしいレディージェーンへ。そのあたりを曲がっていつもの帰路へ戻った。餃子の王将あたりでスマホが震える。この時間には珍しく、着信だ。

 驚いた。事務所の社長からだ。

 え? そんな。誰にも知られているはずはないのに、さっきの動画出演を社長は察知したのだろうか?「出るなら、事務所通せ!」とかってクレーム?

「敷子ちゃん、おつかれさーん。突然なんだけどさ〜、舞台のオーディション、行かない?」

 わたしの想像は杞憂だった。そのオーディションとは、いま世界的に注目されている、アメリカ人演出家、ワザー•ティキモシィによる舞台作品だった。しかも、本多劇場での公演だという。

「行きます!」

「決まってた女優が怪我しちゃったらしいんだよ〜」などという社長の説明に食い気味で応えた私の足並みはとても軽かった。帰路20分が2分に感じられた。演出家が外国人のため、有名無名問わず日本人女優をフラットに審査したいという。故にその配役は3番手。でも私にはとても大きな役だ。出演できたら注目度が一気に上がるだろう。

 無名の私にもチャンスが巡ってきた。作品はもちろん、なによりあの本多劇場に立てるチャンスだ。私はあらゆる皮算用をしていた。ずっとニヤニヤしていただろう。ローソンの店員さんも、私の表情を不気味そうに眺めていた。

illustrations: Masaya Kakehi

 翌日。PR動画の為に私は、2時間早く出勤した。

 断ればよかった。

 明日は人生を変えるかもしれないオーディションなのに、1,940円に欲目が出て、今日はこんな撮影をしなきゃいけないなんて。しかし不思議なもので、撮影となるとそれなりに緊張はした。

 撮影スタッフさんがやってきた。その人員、1名。監督もカメラマンも区別なし。どこか市役所員を思わせる生真面目で硬そうな人だ。照明やメイクさんもいない。予想を下回る撮影環境に私の心は萎えまくった。私だって、二時間ミステリーで重要な証言をしたことくらいはある。殺されたことだってある。でも、まあ、PR動画なんてこんなものか。私は自らしっかりとメイクをし、動画撮影に臨んだ。

作者

筧昌也 かけひまさや

1977年東京生まれ。日大芸術学部映画学科映像コース卒業。企業VPの制作会社に入社。アニメーションや CG制作をする。退社後、フリーのディレクターとして活動。2003年、映画『美女缶』ゆうばり映画祭グランプリなどを受賞し、04年に劇場公開される。05年には『世にも奇妙な物語 春の特別編』にて妻夫木聡を主演に迎えセルフリメイク。連続ドラマロス:タイム:ライフ』(08.2〜CX)では原案、チーフ監督、脚本を務める。同年春、初の長編映画『Sweet Rain 死神の精度』(主演:金城武)が劇場公開。その後、WOWOWドラマ『豆腐姉妹』(吉高由里子)、テレビ朝日『死神くん』(大野智)、フジテレビ『素敵な選TAXI』シリーズ(バカリズム脚本、竹野内豊主演)などの監督を歴任した。映像の他にイラスト、漫画(『パフューマン』第68回ちばてつや賞佳作受賞)も手がける。2017年7月6日(日本テレビ系 11:59~)からスタートする連続ドラマ『脳にスマホが埋められた!』でもチーフ監督を務める。

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