2017.6.20

スタンスミスを履いて【後編】#下北沢──作・筧昌也

「当店は、下北沢で唯一の薫製専門店です。九州産のこだわり桜チップを使い、自慢の燻製器で様々な食材をスモークしています。ココでしか味わうことのできない30種類に及ぶ燻製料理と地ビールやお手軽ワインで、みなさまを心よりお待ちしています。薫製居酒屋、いぶし銀。よろしくお願いします」

 直立不動のカメラ目線。用意された台詞をさくっと覚え、私はテイク1で成功させた。プロの仕事をした……つもりだった。

「すみません。もう一度お願いします」動画担当の人が注文をつけてきた。「ちょっと、『いぶし銀』があやしかったので……」

「あやしい? っていうのは?」と私。

「えっと……なんでしょう。えっと、滑舌……っていうのかな?」

「あ、ああ」

「あと、目線が動いて、まばたきも多かったので……」

 恥ずかしい。

 たしかに「いぶしぎん」は怪しかった。甘噛みした。自分でもそう思った。それに目線か。あれ、この人意外と鋭いな。舐めてすみません、市役所員。

「今野さん、ごめんね〜。『いぶし銀』だけはちゃんと言って欲しいな」

「店長、すみません。大丈夫です!」

 その後、いぶし銀は良かったものの、他の箇所で再び甘噛み、何度かテイクを重ねてしまった。終ったころ、私は冷や汗でびっしょりだった。

「今野さん、ありがとうね。さすがプロだね〜」店長のお世辞が虚しかった。

 こんな簡単な説明さえ、私はよどみなく言えないのか……。いや、きっと寝不足のせいだ。昨夜、社長から送られたオーディション用の台詞を覚えるために、朝まで起きてしまったんだ。それに私は舞台女優だからカメラは苦手なんだ。そう自分を励ました。でも本当は、映画も舞台もこなす深津絵里みたいな女優になりたいと思っているのだけれど。

 私が女優としてイマイチ伸びないのは、この「本番の弱さ」にある。共演者にはバレてしまうレベルのミスをときおり、舞台の本番でもしてしまっていた。

 それは私も自覚している。

作者

筧昌也 かけひまさや

1977年東京生まれ。日大芸術学部映画学科映像コース卒業。企業VPの制作会社に入社。アニメーションや CG制作をする。退社後、フリーのディレクターとして活動。2003年、映画『美女缶』ゆうばり映画祭グランプリなどを受賞し、04年に劇場公開される。05年には『世にも奇妙な物語 春の特別編』にて妻夫木聡を主演に迎えセルフリメイク。連続ドラマロス:タイム:ライフ』(08.2〜CX)では原案、チーフ監督、脚本を務める。同年春、初の長編映画『Sweet Rain 死神の精度』(主演:金城武)が劇場公開。その後、WOWOWドラマ『豆腐姉妹』(吉高由里子)、テレビ朝日『死神くん』(大野智)、フジテレビ『素敵な選TAXI』シリーズ(バカリズム脚本、竹野内豊主演)などの監督を歴任した。映像の他にイラスト、漫画(『パフューマン』第68回ちばてつや賞佳作受賞)も手がける。2017年7月6日(日本テレビ系 11:59~)からスタートする連続ドラマ『脳にスマホが埋められた!』でもチーフ監督を務める。

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