2017.6.27

つっぱれ吉祥寺【前編】#吉祥寺──作・筧昌也

 ふと見上げると、窓ガラスにヤモリが張りついていた。

 もみじのような手のひらをピッタリと窓ガラスにつけ、こちらに向けて白い腹を見せている。それはまるでフィギュアのような造形で何かのアートにすら思えた。しかし、爬虫類はちゅうるいが嫌いな僕にとって、それは不気味すぎるアートだった。

 長い間、微動だにしないその小さな恐竜。僕は追い払おうと内側からほうきで何度かつっついた。恐竜は突然、小刻みに動き、あと少しで僕の視界から消えそうになった。僕は一旦、窓を開け、勢いよく閉じてみる作戦に出た。衝撃によって落ちるなり、逃げて行くんじゃないかと踏んだのだ。

 ところが……、想像を超えたクイックモーションで、恐竜はなんと部屋に入って来た。

「おあああああ!」

 とても29歳の男が出す声じゃない。部屋は大パニックのジュラシックパークに。追い出すまでに何時間もかかった。止めどなく汗が出つづけ、僕は疲労困憊に。その夜は作業がまったく手につかず、漫画の締切を破ってしまったほどだった。

illustrations: Masaya Kakehi

 この体験を元に描いた漫画『ヤモリくんと僕』。冴えない主人公が、人の化身となったヤモリとルームシェアするというファンタジーコメディだ。担当編集の大熊さんは読み終えると、こう苦笑した。

「漫画みたいだねぇ……悪い意味で」

 ひとはよく荒唐無稽な話を「漫画みたい」と例えるが、あれは大間違いだ。

 世界に誇る日本の漫画文化において、そんな物語は通用しない。漫画は紙とペンという平面に描かれた大いなる空想世界。だからこそ、そこではリアリティが重要になるのだ。特に僕が連載を目指している青年漫画誌の世界では。

 僕は新人漫画家、松井大。ペンネームは「松井ダイ」、本名はマサル。25歳にして、はじめて投稿した漫画で受賞した後、担当編集者がついた。と、言ってもあくまで“新人枠”だ。担当がついたところで連載デビューが決まるわけではない。僕もご多分に漏れず、4年間もデビューを逃し続け、くすぶっている“プロ予備軍”というわけだ。つまり、飯のタネは他にある。

作者

筧昌也 かけひまさや

1977年東京生まれ。日大芸術学部映画学科映像コース卒業。企業VPの制作会社に入社。アニメーションや CG制作をする。退社後、フリーのディレクターとして活動。2003年、映画『美女缶』ゆうばり映画祭グランプリなどを受賞し、04年に劇場公開される。05年には『世にも奇妙な物語 春の特別編』にて妻夫木聡を主演に迎えセルフリメイク。連続ドラマロス:タイム:ライフ』(08.2〜CX)では原案、チーフ監督、脚本を務める。同年春、初の長編映画『Sweet Rain 死神の精度』(主演:金城武)が劇場公開。その後、WOWOWドラマ『豆腐姉妹』(吉高由里子)、テレビ朝日『死神くん』(大野智)、フジテレビ『素敵な選TAXI』シリーズ(バカリズム脚本、竹野内豊主演)などの監督を歴任した。映像の他にイラスト、漫画(『パフューマン』第68回ちばてつや賞佳作受賞)も手がける。2017年7月6日(日本テレビ系 11:59~)からスタートする連続ドラマ『脳にスマホが埋められた!』でもチーフ監督を務める。

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