2017.7.1

つっぱれ吉祥寺【後編】#吉祥寺──作・筧昌也

──前編はこちら──

 きょかれた。コタローという名前の人が女性だったなんて。しかし、しばらくすると僕は思い直した。「コタロー」はきっと旦那の名前で、電話口は奥さんだったのかもしれない。そうに違いない。

 森崎さんは明後日の夜、我が家に封筒を取りに来ることになった。旧住居人と出会うなんて少し緊張する。

 日曜日の吉祥寺は、新宿や渋谷をおもわせる賑わいだ。まっすぐ歩くのさえ難しい。僕は日用品を買いに、サンロードの西友に出かけた。風呂場に敷くラバーマットや新居のマストアイテム「つっぱり棒」。これらはとてもかさばり、すれ違う人と次々に激突し、申し訳ない気がした。

 高校時代。僕は松本大洋の『ピンポン』と古本屋で出逢い、漫画家になりたくなった。絵本を思わせるチャイルディッシュな絵柄。それにも関わらず熱血な物語が展開されるそのギャップに「漫画って、こんなに自由なんだ!」と衝撃を受けた。単行本のサイズ感や装丁、紙質の洒脱さ。それもひっくるめて、僕は雷に打たれた。

illustrations: Masaya Kakehi

 僕が漫画を描きはじめるのに、そう時間はかからなかった。見よう見まねで、道具をそろえた。はじめて買ったペン軸は今でも大事にとってある。松本大洋先生はピグマの水性ミリペンらしいが、僕は漫画の王道、Gペンを買い、今でも愛用している。最近はデジタルで描く人がとても多いが、手だけが覚えているあの感覚がたのしくて、アナログを突き通している。

 大学に入ると本格的に漫画を描きはじめた。公務員で厳格な父親には内緒にし、母親だけを味方につけた。ところが大学時代、僕は漫画を1本として完成させることができなかった。物語が恥ずかしくなったり、自分の絵のレベルの低さに気が遠くなってしまったり……。

 何かに挑戦するということは「結果」が出るということだ。29歳の今なら、それがわかる。思えば僕は、あの頃、「途上」にいたかったのだ。結果が出てしまうのが恐かった。僕は普通の大学生とは違う。漫画家を目指している。でも烙印はまだ押されていない。結果を先送りにすることで、ちょっと特別な自分でいたかったのだ。

 あの頃、最後まで描いて投稿し、自分の実力をすこしは計るべきだった。この後悔が、「25歳の市役所員」にやっと火をつけさせた。その頃の僕は役所の仕事をしながら、ほとんど寝ずに描きつづけた。

 人間、やろうと思えば、なんでもできる。翌日は目を真っ赤に充血させたおかしな人が、保育課のカウンターに座っていたことだろう。

 僕は投稿1本目で新人優秀賞に入選した。スタート地点に並ぶまで、7年もかかってしまった。あれから今まで、二足のわらじを履き続けた。プロ予備軍として連載を目指して4年。夢の延長は、さらなる延長を自分に課した。

作者

筧昌也 かけひまさや

1977年東京生まれ。日大芸術学部映画学科映像コース卒業。企業VPの制作会社に入社。アニメーションや CG制作をする。退社後、フリーのディレクターとして活動。2003年、映画『美女缶』ゆうばり映画祭グランプリなどを受賞し、04年に劇場公開される。05年には『世にも奇妙な物語 春の特別編』にて妻夫木聡を主演に迎えセルフリメイク。連続ドラマロス:タイム:ライフ』(08.2〜CX)では原案、チーフ監督、脚本を務める。同年春、初の長編映画『Sweet Rain 死神の精度』(主演:金城武)が劇場公開。その後、WOWOWドラマ『豆腐姉妹』(吉高由里子)、テレビ朝日『死神くん』(大野智)、フジテレビ『素敵な選TAXI』シリーズ(バカリズム脚本、竹野内豊主演)などの監督を歴任した。映像の他にイラスト、漫画(『パフューマン』第68回ちばてつや賞佳作受賞)も手がける。2017年7月6日(日本テレビ系 11:59~)からスタートする連続ドラマ『脳にスマホが埋められた!』でもチーフ監督を務める。

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